2026年8月、千葉県を記録的な豪雨が襲いました。
千葉市では24時間に360ミリを超える雨が降り、8月の平年降水量の3倍以上、観測史上1位を更新する雨量となりました。河川の氾濫、道路や住宅の浸水、土砂災害、停電、交通網の寸断が広い範囲で発生しました。
犠牲になられた方々に、心より哀悼の意を表します。被災された皆さま、今も復旧に尽力されている皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。
同じ被害を繰り返さないために、今回の災害をただ「気候変動」として捉えるのではなく、大地の機能不全として改めて見直してみたいのです。
医師の目で見ると、これは明らかに、大地の心不全、腎不全による「心腎連関」の破綻です。
災害の大きさは、雨量という外力だけで決まりません。
- ・降った雨を森林や土壌がどれだけ受け止められるか。
- ・地下に浸透させられるか。
- ・水田、湿地、ため池、草地が一時的に貯留できるか。
- ・河川や下水道へ流れ込む速度を遅らせられるか。
豪雨という「負荷」と、それを受ける流域の「調整能力」のバランスで、災害が生じます。
今回の千葉豪雨についても、記録的な雨量が被害の直接的な契機であることは間違いありません。一方で、都市化による不浸透面の拡大、地下水涵養域の減少、森林・農地・湿地の保水・遊水機能、河川・下水道の処理能力が被害をどの程度増幅したのか、流域ごとの検証が必要です。
千葉市は、以前から都市化の拡大に伴って地下水の涵養域が減少傾向にあり、都市化による雨水流出量の増加と保水能力の低下が浸水リスクを高めることを、行政計画の中で指摘しています。
つまり、「想定を超える雨が降った」で終わらせず、「その雨を受け止められない大地を、私たちがどのようにつくってきたのか」まで問う必要があります。
大地の心不全
人間の心臓は、血管によって血液を全身の細胞に巡らせます。
心臓の働きが低下すると、血液は必要な場所に十分届かなくなる(虚血)一方で、静脈側にはうっ滞(うっ血)が生じます。その結果、肺や足に水がたまり、むくみや呼吸困難が現れます。
流域にも、これとよく似た現象が起こります。
心臓部である山・森林の機能が低下することで、雨水が土壌に浸透せず、一気に低地や河川へ流れ込む。ある場所には水が集中し、道路や住宅地が冠水する。一方で、その水は地下水として蓄えられないため、雨が止んだ後には河川流量が減り、湧水が細り、大地が乾いていく。
水が多すぎる場所(うっ滞・うっ血)と、足りない場所(虚血)が同時に生まれる。
これは、水を適切な場所へ、適切な速度で巡らせることができない「循環不全」です。私はこれを、プラネタリーヘルスの視点から「大地の心不全」と捉えています。
人間の心不全でも、全身には水がたまっているのに、有効な循環血液量は不足することがあります。同じように、豪雨のときには水にあふれ、晴天が続けば水がなくなる大地は、健全に水が循環しているとはいえません。
大地の腎不全
腎臓は、血液を濾過して不要なものを排泄する臓器です。
さらに、身体に必要な水分やミネラルを再吸収し、血圧や体液量を調整しながら、必要なものを残し、不要なものを選択的に排出しています。腎臓は、生命の水収支を整える臓器です。
流域において、この濾過機能を担うのが、土壌とその下の岩盤層です。
健全な森林土壌は雨水を受け止め、土の中からさらに地下の岩盤層へ浸透させ、時間をかけて不純物を濾過します。
数か月から数十年、富士山などでは100年かけて濾過され、湧いてくる湧水には一滴の濁りもありません。
地表にどんなに大雨が降ろうが、増水もせず、濁りもせず、淡々ときれいな水が湧き続けます。
それが河川となります。
川の底、田んぼの底、海の底にも、濾過された湧水がこんこんと湧き出ています。
水田や湿地もまた、水を一時的にため、流出のピークを遅らせる働きを持っています。
しかし、表土の流出、土壌の締め固め、森林の荒廃、農地や湿地の減少、都市の舗装化が進むと、大地は水を浸透・貯留・濾過する力を失っていきます。
雨は地中へ浸透せず、表土を流しながら地表を急速に流れていきます。
そして、濁水や土砂を伴って河川へ集中します。
この状態は、大地の「腎機能」が低下している状態にたとえられます。
心臓と腎臓は、人体の中でも密接に関係しています。心不全によって腎臓への血流が低下すると腎機能が悪化し、腎機能が低下して水分を排泄できなくなると、さらに心臓への負担が増します。これを医学では、心腎連関と呼びます。
流域でも同じです。
水の循環が滞ることで土壌や地下水の働きが弱まり、浸透・貯留能力が低下することで、さらに洪水と渇水の振幅が大きくなる。
今起きているのは、「大地の心腎連関の破綻」と呼ぶべき現象です。
洪水と瀬切れ、湧水の枯渇はつながっている
現在、全国の河川で瀬切れや流量低下が報告され、各地で湧水の減少や枯渇が問題になっています。
洪水と渇水は、一見、反対の現象に見えます。
しかし、流域という一つの身体から見れば、両者は同じ水循環不全の表れです。
雨が降ったときに山や土壌が水を受け止め、地下へ浸透させることができれば、その水は地下水となり、時間をかけて湧水や河川へ供給されます。反対に、雨が地表を一気に流れ去れば、洪水や土砂災害となり、晴天時に川の水は少なくなります。
全国の瀬切れや湧水枯渇が報告されていますが、少々雨量が減ったとしても、大地が十分に保水していれば簡単に枯れるものではありません。
森林や流域の荒廃、河床への土砂堆積、地下水の過剰利用、河川からの取水、都市化による涵養域の減少など、複数の要因が重なっていますが、いずれも大地の問題です。
その根底に「水を蓄え、ゆっくり循環させる流域の機能が低下している」という共通の問題を見ることができます。
大雨の日には洪水になり、雨のない日には川が消える。
この極端な振幅こそ、大地の調整機能が失われているサインです。
必要なのは、大地の慢性疾患を治療すること
全国の大地は今、同じような状況です。
必要なのは、流域の慢性疾患に対する治療です。
山では、表土、腐植、下層植生、根系が育つ森林を回復させること。
間伐の有無だけで判断せず、土壌の状態と水の動きを継続的に診断する。
水をうっ滞させるような構造物、建物や道路などを見直す。
里では、水田、湿地、ため池、草地を、雨水を受け止める流域のインフラとして守る。
都市では、舗装を増やし続ける土地利用を見直し、透水性舗装、雨庭、緑地、公園、雨水貯留槽、浸透ますなどを面的に配置する。建物ごと、街区ごと、地域ごとに、降った雨を大地に浸透させる仕組みをつくる。
さらに、河川水位だけではなく、土壌水分、地下水位、湧水量、基底流量、生物多様性までを一体的に観測し、流域の「健康診断」を行う必要があります。
国土交通省が進める「流域治水」も、本来は、河川管理者だけに治水を任せるものではなく、山から海まで、行政、企業、農林業者、地域住民が一緒に、水を受け止める流域を再生していく考え方です。
大地の治療を進める
気候変動を原因として語るだけでは、流域の機能不全は改善されません。
長い時間をかけて失われてきた森林土壌、地下水涵養域、湿地、水田、氾濫原、都市の緑地。それらの喪失によって低下した調整能力が、極端な雨によって表面化したと考えられます。
大地の心臓と腎臓を、どう回復させるのか。
次の災害を防ぐために必要なのは、流域全体を一つの生命体として診断し、その循環機能を治療することです。
それが、プラネタリーヘルスから考える防災であり、人と地球を同時に健康にするための、これからの治水のあり方だと考えています。
新著『土に触れる人はなぜ健康になるのか〜身体の中の自然を育てる』(光文社新書)にも、こうした見方について触れています。
ぜひご高覧ください。
「はじめにと目次」を「nichtöne」のページに記載しています。